キンシャサで感染症にかかり、病院に入院することに
前回は、病院へ行く途中の車の中での話で終わりました。
不安が増大していく気持とサッカー観戦に湧く外の景色や日常と変わらない風景とのギャップで、不思議な感覚でした。
とにもかくにも治療を受けないとまずいことになる、早く病院に着かないか、というのと外はいつもの日曜日の風景。
ほんとうに不思議な感覚にだったと記憶しています。
病院に着いて、問診票を書いたらすぐに検査にかかれる、と思っていましたが、先客がいて、少し待ちました。
看護士と思われる人から簡単な問診の後、また、待ち。
当直医と思われる人からの問診と触診など。患部もきれいにしてもらいました。
そしてまた少し待ってから、血液検査など。
検査がひととおり終わったら、病室へ行って点滴。
なんだかんだで、夜中になってしまいました。
一緒についてきてくれた友達もお迎えが来て帰り、病室のベッドで寝転び、点滴をしながら、これからどうなるのか、どういう治療になるのか、右足の膝下が異常に痛くなってきて、切断の可能性もあると覚悟しておりました。
ベッドに寝転んでいること数時間、突然、点滴をしながら移動することになりました。
最初は、病室を変えるのか、と思っていましたが、病院の救急車に乗って、どこか別の所へ。
後でわかったのですが、移動したところは、通称シムカ コメルス、CMKの入院施設Centre Hospitalierでした。
明け方近くの移動、救急車の窓の外は真っ暗で歩いている人はおらず、いやがおうでも不安が増大していきました。
入院施設に運ばれて、看護士さんと車椅子で部屋に入るとそこは個室。
部屋の真ん中にベッドがあって、患者専用のロッカー、冷蔵庫、テレビ付。
部屋の広さは、けっこうあって、目見当で、5m x 5mぐらい。
トイレとシャワー室も専用でついていました。ただし、シャワーは水しか出ないようなので結局一度も使いませんでした。
ひょっとしたら、水も出なかったかもしれませんが、、
窓は大きくて、ベランダに出る事もできました。
日本で、このような病室に入院したら、結構な金額になりそうなぐらいの部屋。
少し古めかしい雰囲気はありましたが、充分な広さと快適さがあり、病気も方の心配だけでなく、支払の心配をする必要も出てきました。
病室で寝ているとほどなくして、ドクターが。
問診と患部を見て、帰っていきました。
右足首の患部は、この時、数センチにわたって外側の皮がめくれ、液体が絶え間なく出ていて、寝ている時も足をあげている必要があると言われて、枕の上に右足を乗せていましたが、枕カバーがすぐに汚れてしまいました。
看護士の検査、体温と血圧検査は、確か1日に3-4回ほど行なってたと記憶しています。
朝、別のドクターが挨拶に来ました。担当医になった旨と英語で問診などされていかれました。
白人の人が担当医になる、と大使館の医務官から伺っていたのですが、コンゴ人が担当医になりました。
この日から約一週間、この病院施設にて過ごしましたが、コンゴ民主共和国ならではの事がいくつかありました。
その辺りの話も含めて、後日に。